2004-09-01から1ヶ月間の記事一覧

【今日の竜馬は?】久坂玄瑞と薩長土同盟について話す!?

●竜馬28歳・文久二年(1862年9月30日)●・『京都にて薩長土三藩の藩士の関係について久坂玄瑞と面談』 竜馬と福岡藤次(土佐藩士・大監察。坂本家は福岡の家来筋にあたる)は、薩長土の同盟を視野において、長州藩士の久坂とこの日会った。 結局のこの日の会談…

【今日の竜馬は?】竜馬2度目の剣術修行!

●竜馬22歳・安政三年(1856年9月29日)●・『高知の相楽屋源之助にあて江戸到着を知らせる手紙を送る』 竜馬、2度目の江戸剣術修行。手紙には、竜馬は土佐藩の築地中屋敷に入ったことを報じていて、ここで武市半平太や大石弥太郎と同宿することになる。●竜馬3…

【今日の竜馬は?】竜馬、実家で大歓迎を受ける!

●竜馬31歳・慶應元年(1865年9月28日)●・『胡蝶丸で伊予青島に至り宿泊』 長州へ向かう途中。胡蝶丸は薩摩藩の藩船。伊予は今の愛媛県で、青島は瀬戸内海の島だ。●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月28日)●・『戸田雅楽を連れ坂本家へ帰る』 竜馬は、5年ぶりに…

【今日の竜馬は?】竜馬帰郷で土佐藩は大慌て!?

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月27日)●・『本山只一郎にあて、藩論統一とライフル銃購入の結論を急ぐように要求した手紙を出す』 本山は、土佐藩の大監察。中岡慎太郎の考えていた武力討幕に積極的な考え方を持っていたようだ。 ・『竜馬の帰国に関して藩の…

【今日の竜馬は?】大政奉還を画策する!?

●竜馬31歳・慶應元年(1865年9月26日)●・『兵庫へいたる』 この時期は、長州へ行ったり来たりということを竜馬は繰り返している。●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月26日)●・『長岡謙吉、大政奉還建白書の浄書をおこなう』 竜馬のもうひとつの仕事であった大政…

【今日の竜馬は?】土佐藩士と面談する!

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月25日)●・『渡辺弥久馬らと面談』 渡辺は土佐藩士・執政。イカルス号水夫殺人事件の件の談判に来た英国船と後藤象二郎らと一緒のときに竜馬は会っている。 竜馬は薩長同盟の重要性を説いたようだ。このとき感化されたのか、渡…

【今日の竜馬は?】西郷と一緒に大坂へ

●竜馬31歳・慶應元年(1865年9月24日)●・『西郷吉之助(隆盛)と共に京都を出立し大坂へ下る』 竜馬と西郷はこの時、期新密度を上げている、その表れか。あるいは西郷は竜馬の身辺警護の意味があるかもしれない。●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月24日)●・『渡辺…

【今日の竜馬は?】故郷に錦を飾る!

●竜馬19歳・嘉永六年(1853年9月23日)●・『坂本八平にあてて「異国の首を打取り、帰国可仕候」とした手紙を書く』 この年に江戸の千葉定吉道場へ入門したばかり。このころの竜馬は安易に攘夷論に傾いていたようだ。●竜馬29歳・文久三年(1863年9月23日)●・『…

【今日の竜馬は?】土佐へ向けて出帆!

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月22日)●・『下関から土佐へ向けて出帆する』 下関には豪商である伊藤助太夫宅内にある自然堂に、妻のお龍がいて、当然会っている。土佐へはライフル銃を船に積んで向かっている。 お龍とこのときが最後の別れとなる。わずか2…

【今日の竜馬は?】親友・武市半平太が投獄される

●竜馬29歳・文久三年(1863年9月21日)●・『武市半平太らが投獄される』 半平太率いる土佐勤皇党は、一藩勤皇を目指したが、暗殺による藩政掌握を狙うなどしたために反発されて、吉田東洋らに弾圧されて投獄される。 竜馬の親友であった半平太が投獄された日…

【今日の竜馬は?】伊藤博文と面談!

●竜馬25歳・安政六年(1859年9月20日)●・『徳弘孝蔵の門に入る』 徳弘は土佐藩士で、西洋砲術家。以前も竜馬は同門で砲術を学んでいるので、これは再入門だといわれている。●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月20日)●・『下関へ寄港し、伊藤俊輔と面談』 伊藤は…

竜馬の写真は修正されていた!?

(読売新聞)によると、竜馬の写真が修正されていたらしい。 修正されていたのは、現存する6枚の竜馬の原版のガラスネガの一枚だとか。その写真はコレ←。なんでも高知県立歴史民俗資料館所蔵のネガ(縦十一・九センチ、横八・九センチ、厚さ二・五ミリ)を調…

【今日の竜馬は?】土佐へライフルを持って出帆!

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月18日)●・『佐々木三四郎に預けていた桂小五郎の手紙の返却を願う』 桂の手紙というのは佐藩から桂へ金を貸したときのお礼状のこと。土佐へ帰郷するときに必要だったのかもしれない。・『岡内俊太郎・戸田雅楽・千屋寅之助らと…

【今日の竜馬は?】剣術修行の1年延長が認められる

●竜馬23歳・安政4年(1857年9月17日ごろ)●・『剣術修行期間の満期につき、さらに一年間の延長を藩より許される』 まだ竜馬のこの年は江戸での剣術修行の真っ最中である。この年竜馬は、山本琢磨の時計拾得事件で武市半平太と共に共謀(!?)して山本を逃がした…

【今日の竜馬は?】幕府に調査される

●竜馬30歳・元治元年(1864年9月16日)●・『勝塾々生に対し幕府から内偵調査が行われる』 勝塾生たちは各藩からの若者たちが集まっていたが、竜馬のように脱藩した浪士たちも多かったこのために、神戸海軍操練所もそうした若者がいたために、幕府はこの9月の…

【今日の竜馬は?】肥後藩士と面会の手はずを整える

●竜馬30歳・元治元年(1864年9月15日)●・『肥後藩士・長谷川仁右門に使いを出し面談の手筈を整えさせる』 竜馬は16日には上京する旨を伝えている。この?上京?き京都のこと。長谷川についてはよくわからない。京都にいる志士のひとりだったのだろうか!? 竜馬…

【今日の竜馬は?】ライフル銃を1300丁購入する

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月14日)●・『岩崎弥太郎に土佐経由で大坂へ行く旨を伝える』・『海援隊としてハットマン商社からライフル銃千三百挺の購入契約を結ぶ』 岩崎弥太郎は大坂で、土佐商会を運営していた。ライフル銃は土佐藩のために購入したものこ…

『薩長同盟弁当』発売!

(中国新聞)によると、JR山口駅で、『薩長同盟弁当(クリック→写真)』が売られているとか。 しかも20年間、同駅では駅弁を発売していなかった。その中身は、山口産コシヒカリの上に、右に長州鶏のくわ焼き、左に薩摩(鹿児島産)の豚ロースのトンカツ。間に竹…

【今日の竜馬は?】土佐商会員を傷害事件で自首させる

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月11日)●・『長崎奉行所へ提出する書類の草稿を書く』 イカルス号事件の海援隊士についての顛末を書き記したものを提出することになっていたのであろう。その下書きを竜馬は書いた。・『土佐商会員による外国人傷害事件がおき、…

【今日の竜馬は?】海援隊士の殺人犯嫌疑晴れる!

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月10日)●・『佐々木三四郎と西役所に出頭し、佐々木栄ら無実の裁定を受けた。その後内田屋で祝杯をあげる』 イカルス号事件に一応の解決を得る。この夜の祝杯は佐々木も竜馬も美味しかったに違いない。 実際のイカルス号事件の…

【今日の竜馬は?】お龍のことを故郷に知らせる

●竜馬31歳・慶應元年(1865年9月9日)●・『乙女・おやべにあてて楢崎龍(お龍)を紹介し、お龍のために『新葉集』や衣類などを送ってくれるよう依頼した手紙を書く』 この後、お龍と共に薩摩への新婚旅行へ行くことになる。竜馬の気配りがよくわかる手紙だ。●竜…

【今日の竜馬は?】友人が竜馬を慰労する

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月8日)●・『佐々木三四郎が竜馬らを内田屋に招いて慰労する』 イカルス号事件で振り回されている竜馬を佐々木が料亭で慰労したようだ。 イカルス号事件で奉行所と徹夜の談判をした竜馬を佐々木がねぎらった。

【今日の竜馬は?】竜馬、徹夜で無罪放免を求める!

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月7日)●・『佐々木栄ら、微罪で放免のはずが、長崎奉行所はそれを認めず徹夜の議論となる』・『↑この様子を伝える手紙を佐々木三四郎に書く』 イカルス号事件で、海援隊士の佐々木栄らの供述などから本件とは関係がないはずで、…

【今日の竜馬は?】ライフル千三百挺を求める!?

●竜馬31歳・慶應元年(1865年9月6日)●・『京都寺町で河村盈進に出会い、坂本家の様子を聞く』 川村は土佐藩士!? 検索してみたが、該当者がいなかった。知っている方はコメントをどーぞ。 ●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月6日)●・『船の借り入れとライフル銃千…

【今日の竜馬は?】竜馬、海援隊士に諭告する

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月5日)●・『海援隊士らと佐々木三四郎をたずね、その後西役所へおもむく』 イカルス号事件について竜馬や海援隊士、佐々木らは事件解決に奔走している。・『佐々木三四郎を訪問中、安岡金馬より海援隊と幕府水夫とのもめ事を知…

【今日の竜馬は?】海援隊士に始末書を書かせる

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月4日)●・『佐々木三四郎と竜馬は、佐々木栄に始末書を書かせ、奉行所に提出』・『その後、佐々木と竜馬らは、内田屋へおもむく』 横笛丸の帰港で、嫌疑のかかっていた海援隊士らのイカルス号事件当日の行動を詳細に書かせて、…

【今日の竜馬は?】武者修行の旅を終えて土佐へ

●竜馬24歳・安政五年(1858年9月3日)●・『土佐へ帰る』 この年、千葉定吉道場から「北辰一刀流長刀兵法目録」を受けて一応、江戸での修行もひと段落している。このため、武者修行を兼ねて東海道を旅して、津では剣術指南を請われたりしている(辞退しているが…

【今日の竜馬は?】疑惑の海援隊士を呼び戻す

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月2日)●・『横笛丸呼び出しに向かった岡内俊太郎らが長崎に戻る』・『佐々木三四郎は、西役所へ横笛丸の帰着を報告したのち、竜馬の宿泊する弘瀬屋を訪れる』・『菅野覚兵衛のために岩崎弥太郎から「吉国」の刀を借用する』 イ…

【今日の竜馬は?】友人の病気を心配する

●竜馬33歳・慶應三年(1867年9月1日)●・『早朝より佐々木三四郎の病気見舞いへ。帰宅後、再び訪問する』 この日の竜馬は、佐々木の病状を心配する一日だったようだ。 連日の竜馬との付き合いに疲れた!?佐々木だったのかもしれない(笑)。